タイスケの読書ブログ

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書籍紹介:これから「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学/マイケル・サンデル

 

どんな本? 

ハーバード大学で政治哲学を専門に教鞭をとるマイケル・サンデル教授の講義を、書籍化したのがこの本です。サンデル教授の講義は人気のため、アメリカのテレビ番組で一般公開されることになり、日本でもNHK教育テレビで『ハーバード白熱教室』として2010年に放送され話題になりました。

 

 

 

3つの論点「美徳、自由、福祉」

この書籍では「正義」とは何かという議論を哲学的に考えていきます。”哲学”というと抽象的で分かりにくいと思う人もいるかもしれません。しかしこの本では、実際に起こった社会問題、現在も続いている社会的な課題について哲学的に論証していきます。

 

例えば、本書の冒頭ではアメリカ南部のフロリダ州を襲ったハリケーンによる被害をめぐって起こった論争を取り上げます。電気が使えなくなったため、8月の半ばだというのに冷蔵庫やエアコンが使えなくなります。一袋2ドルの氷が10ドルで売られるようになったり、避難先のモーテルの宿泊料が4倍になるなど、いわゆる便乗値上げが起こったのです。

 

当然、多くのフロリダに住む人たちは怒り心頭です。フロリダ州には便乗値上げを禁じる法律があり、裁判で原告が便乗値上げをした業者に勝訴する例もありました。

それに対して、便乗値上げを市場経済の論理から擁護する経済学者がいました。市場の原理に基づいて価格が決定しているのだから、何の不正もないのだと。また、一見法外な価格でも生産する業者にインセンティブを促すことで増産にもつながるという論者もいました。

 

便乗値上げを実例として挙げましたが、この問題をめぐる議論から、三つの論点が浮かび上がってきます。便乗値上げは恥知らずな行為だとする「美徳」の視点。経済活動などの「自由」を尊重する視点。人々の生活を向上させる「福祉」の視点の三つです。

この三つの視点の、どのアプローチから「正義」を実現するか?これを哲学的に考えていくのが本書の内容となります。

 

では、本書で「正義とは何か」をどのような流れで論証していくのかを見ていきましょう。



本書の流れ(三つの哲学の思想)

「正義」をめぐる三つの視点(美徳、自由、福祉)をどのように検証するか?三つの哲学の思想を通じて考えていきます。「功利主義」「リバタリアニズム自由至上主義)」「アリストテレスの”美徳の涵養”」です。

 

1.功利主義

「福祉」を「功利主義」の視点から考えていきます。功利主義ベンサムによって19世紀に確立されました。功利主義は、幸福や快楽をもたらすものを「善」、不幸や苦痛をもたらすものを「悪」と定義します。人々に不幸をもたらすものを減らし、幸福をもたらすものをなるべく増やすことを、道徳的な「正義」とするのです。これが「最大多数の最大幸福」です。これを政治・経済の政策決定の判断基準とするのです。

 

功利主義への批判として、”個人の自由を奪う”という点があります。功利主義では、たとえ少数の人が大きな不利益を被っても、多くの人が幸福になり社会全体の福祉が向上すれば、道徳的な「正義」が達成されます。少数の人の犠牲の上に社会が成り立つのです。このように、功利主義は「個人の自由」をないがしろにするという批判です。

 

2.リバタリアニズム自由至上主義

リバタリアニズムは「個人の自由」を尊重する考え方です。この点が、功利主義とは異なるところです。

また、リバタリアニズムは二つの派閥に分かれます。「レッセ・フェール(自由放任主義)」の立場の人と、「平等を重視」する立場の人です。

 

自由市場を擁護する「レッセ・フェール(自由放任主義)」の人々は、政府による介入を否定し、人々に自発的な取引をさせることが、自由を尊重していると言います。

一方、「平等派」の人々は、政府による富の分配によって、社会的・経済的な格差を是正し、全ての人に公正なチャンスを与えることで、本当に自由が達成されると言います。

 

20世紀の哲学者ジョン・ロールズは平等主義者の立場から、「市場の自由」と「人々の平等」が両立できるかを論証しようとします。

 

3.アリストテレスー美徳の涵養

「自由」を尊重する立場は、個人の価値観に対して中立な態度をとります。しかし、実際の社会では、「美徳」に対する異なる価値観を持っている人々の衝突が起こるものです。

例として、アメリカで起こっている大きな対立。「妊娠中絶の是非」をめぐる議論、「同性婚を容認」するか否かという議論が挙げられます。キリスト教右派の”価値観”=「美徳」を重視する人々と、あらゆる価値観に”中立であるべき”という人々との間の対立です。

 

アリストテレスは目的因(テロス)という概念を提示します。テロスとは簡単に言ってしまえば物事の本質ということです。そして、物事の本質はその物事が何を目的にしているかによって決まるのです。

物事の本質(=物事の目的とする条件)を備えていることが、「美徳」を備えているということです。そして、「美徳」を備えている人に物事を分配することが、「正義」にかなうのです。

例えば、バイオリンの名器ストラディバリウスを持つにふさわしいのは、コレクターではなく優れた演奏者です。なぜならバイオリンは演奏されることが「目的」であり「本質」だからです。優れた演奏能力という「美徳」を備えた奏者にこそ、ストラディバリウスが分配されるべきなのです。

 

人々がそれぞれ持っている「美徳」によって分配されるもの(=権利)が決まるとしたら、そこには「平等」も「自由な選択」もありません。

先ほど例に挙げたように、キリスト教右派の価値観を重視する人々からすれば、”中絶の権利”も”同性婚の権利”も、彼らの考える「美徳」からは決して容認できないものです。

「自由と平等」を掲げる現代社会においても、「美徳」を重視する人間の感情的な側面は、決して無視することはできないのです。

 

人々がお互いの”価値観”を認めつつ、それぞれの”自由の権利”を尊重することは可能なのでしょうか?



マイケル・サンデルの結論

大枠では、このように論証が進められます。最後に出てきた論点が、「美徳」対「自由」です。400ページを超える論証の末に、マイケル・サンデルが導き出した結論とはどんなものなのでしょうか?

 

マイケル・サンデルコミュニタリアン共同体主義者)という立場から、リベラリズムを批判し、「コミュニティが求める善き生(=美徳)」の重みを認めつつ、人間の自由も実現できるだろうか?と問います。

 

「コミュニティが求める善き生」とは何か?それはどうすれば実現できるのか?明確な答えを提示することはできません。しかし、最後に「共通善に基づく新たな政治」を構想するためのいくつかのヒントを提示して、この本を締めくくります。



まとめ

このように、この本は明確な答えを提示していません。我々が生きるこの社会で、いま現在起きている課題を取り上げているわけですから、当然のことです。

 

では、この本を読む意味とは何なんでしょうか?それは自分の頭で考えることです。

しかし、あらゆる価値観が入り乱れる現代社会において、何が正しいことなのか戸惑う人は少なくないと思います。

 

だからこそ、まずは現実の社会で起こっていることの複雑さを受け入れ、論点を整理して、考えて議論する。この本を読むことは、そういった営みなのだと思います。

 

みなさんも是非この本を読んでみて下さい。現代社会について考え、そして生きるための大きなヒントが得られることと思います。



以下、書籍のリンクです

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